夢見る蝶々


先日は世田谷美術館にて開催されているヴィクトリア・アンド・アルバート美術館所蔵イスラム美術展『宮殿とモスクの至宝展』に行ってきた。

この展覧会はシルクロードを中心として古くから東西交流の重要な役割を果たし、他の文化を受け入れつつ豊かな発展を遂げてきたイスラム圏の文化が産み出した、広範で重層的な美術の概観を、イスラム美術の優れたコレクションで知られるロンドンのV&A美術館の所蔵品によって紹介されている。

どうやらV&A美術館のイスラム美術ギャラリーが新装されるらしく、それによって美術館所蔵の至宝120点が初来日することになったようだ。


とは言うものの僕自身は元々からイスラム美術が大好きだったという訳ではなく、少し異なった理由で本展覧会へと赴いた。

その理由とは、僕は19世紀末にヨーロッパで花開いたアール・ヌーヴォーと呼ばれる装飾美術の傾向が大好きなのだけど、『ウィリアム・モリス』『オーブリー・ビアズリー』『グスタフ・クリムト』『エミール・ガレ』『アントニオ・ガウディ』等だね。

アール・ヌーヴォーの時代を生きた芸術家の中で最も好きな画家である『アルフォンス・ミュシャ』の絵画に、イスラム美術の影響が強く見られるとの事だったのでどれ程のものなんだろうと思い展覧会へに行ってみた次第。

そうでなくともイスラームと言い表される文化体系にはとても興味があるので(最近はもっぱら宗教的な側面を中心としてだけど)、行っていたとは思うのだけど…どの国であるかは問わず歴史的なものが大好きなので。

ちなみにアール・ヌーヴォージャポニズムと呼ばれる日本美術の影響も色濃く見えるので、その点を考えながら見てみると面白いかも。


実際に展覧会を見てみた感想だけれど、今まで見たどの美術体系よりも特殊で魅力的な作品達がたくさんあり、とても素敵な展覧会だった。

先にも述べたように中央アジアを横切るシルクロードによって、中国やアジア諸国を中心としながらもインドや東アフリカ、エジプト等とも交流していたイスラム文化圏だけあり、青磁の陶磁器に代表されるような、現在で言い表すところのコラボレーション作品も素敵なのだけど、何よりも素敵なものがイスラム独自の文化作品だ。

例えばそれはアール・ヌーヴォーに見られるアラベスクと呼ばれる蔓が絡み合うような、複雑な模様や幾何学的な模様などを多用した作品群等だ。

そもそもアラベスクとは「アラビアの、アラビア風」と言う意味で、イスラム教徒が装飾に用いる複雑なデザイン模様の事を指すが、現在ではその影響を受けた西洋で見られるイスラム風の装飾デザインのことを指す事が多い。

またアラベスク美術の他にも、イスラム教徒の礼拝の場のために作られたイスラム美術の品々や、中東のキリスト教徒の礼拝の場のために作られた美術品などもあり楽しめる。


そうした展示物の中でも最も僕自身が心を惹かれた展示物は、イスラム文化圏の中においては聖なる言葉であるアラビア文字をそのまま美術品に組み込んだ作品群だ。

そもそも偶像崇拝を否定するイスラム文化圏においては、アラビア文字のデザインが宗教空間や器物を飾る意匠として発達した。

偶像崇拝を禁止した理由としては、彼らの信ずるもの…つまりは唯一神アッラーが創造せしものを模倣する事は許されないという事であるらしいのだが。

コーランの写本に端を発し、宗教的空間から非宗教的な日常の場にまで浸透し、イスラム美術の重要な装飾意匠となったアラビア文字の美しさは言い表しようが無いものだった。

ガラスの器にアラビア文字のみが蔦の様に絡み合うだけでおりなす美しい模様は、文字というカテゴリーを越えていた。

…もうね、うっとりですよ。


文字だけでこれだけ美しい文様が創り出せるものなのかと、この文字による表現が形を変え絡み合う蔦の様な現在のアラベスクと呼ばれる表現を生み出し、遠い海を越えて様々な芸術家達に影響を与えたんだなぁと。

文化の力、歴史の持つ力ってのは凄いものだなとつくづく感じた。

僕自身、そもそもは吉村作治教授に憧れているような文化・歴史好きなので、本展覧会の様々なイスラム文化イスラムの歴史の断片を見て、うっとりしっぱなしの時間を過ごしていたけど。

これは是非色々な人達に見てもらいたいと思えるような展覧会だった。

文化はまるで蝶々みたい、多彩な要素を抱えてサナギになり、期が熟すとその場から世界へ向けて羽ばたいて、辿り着いた場でまた新たなサナギを宿す。

繋がりながら複雑に絡み合うアラベスク模様のように、生活様式と文化表現も、イスラム文化と他の文化も、それぞれ関係しあいながら成立しているんだよね。

まるで人間関係そのものだ…って人間関係そのものなんだけど。

とにかく観に行ってよかったと思えるような展覧会なので、興味がある方は是非行ってみると良いかと思われます。

観覧代金も他の美術館の特別展示に比べると多少安いと思えるので。


帰りがけにお土産コーナーでイスラム名物の絨毯を発見するも予期せぬ値段に驚いた。

絨毯一枚(と数えるのか?)に560万円とな…!!

僕は目が『(゜д゜)』になってしまったんですが、本物の絨毯ってこんなにするものなのですね(笑)